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4歳ぐらいまでは車,7歳頃までは歌謡曲に狂っていた我が息子が,スポーツに興味を持ちだしたのはサッカーワールドカップで日本中が大騒ぎしていた頃。ヒットチャートのランキングに異常な興味を示して歌謡曲の世界に入り込んだのと同様,父親が眺めるワールドカップの予選リーグの組み合わせ表や決勝トーナメント表との出会いが,息子をスポーツの世界に導いたのである。
これがきっかけで新聞のスポーツ欄を見ることになった息子は,サッカーよりも野球の方にたくさんの「ランキング」があることに気づく。チームの順位表に始まって,投手の防御率に勝ち星,奪三振。打者の打率に,打点,ホームラン,四死球の数,さらには失策数に三振数などというものまである。サッカーには順位表と得点ランキングぐらいしかないのだ。
一番仲がよい友達が野球チームにいたこともあって,2年生の終わり頃,小学校の野球チームに入ると言い出した。こうして,父はサッカーチームのコーチ,息子は野球チームの選手という週末が始まることになった。野球の練習のある土曜日のお昼過ぎ,息子は,午前中に練習のある父親と小学校の校庭ですれ違い,照れくさそうに無視するのである。
次の文を和訳してみてください。
MAHT (Machine Aided Human Translation) tools are based on the concept of Translation Memory (TM) and the automated re-use of previously translated terms and sentences.
Translation Memoryが何かわからない? 説明は,andの後に書いてあります。この文では,翻訳者用のツールの話をしています。翻訳メモリ(TM)は,昔翻訳した文や単語を再利用して翻訳を楽にしようという発想のもとに作られている,翻訳支援ツールのことです。
じつは,この文「翻訳者養成講座」の例題なのですが,訳例を作るために依頼した一応プロの翻訳者3人とも,不正解でした。二人はandを「そして」と訳してきました。3人目はさすがに「そして」ではおかしいと思ったのか,少しごまかして「翻訳メモリ(TM:Translation Memory)の考え方にもとづいて,過去に翻訳された単語や文章を自動的に再利用できるようにしたものです。」とやりました。事実としては間違っていないですが,翻訳としては「正解」ではないですね。
ランダムハウス大辞典(第2版)を引いてみましょう。andの項の10番目「((換言して説明を加えて))すなわち,つまり」と載っています。上の文のandを「そして」と訳してしまっては,意味が通じないことは明白。それでも,習慣とは恐ろしいもの,そんな事実はおかまいなしに「andは『そして』」とやっちゃう翻訳者が多いのです。ああ,嘆かわしい(とか言って,自分も,何回かやってしまったことがあるのですが…)。
「これは,おかしい!」と勘を働かせる翻訳者の強い身方が『ランダムハウス大辞典』(小学館)です。「この単語こんな意味あるんかいな? そうじゃないとつじつまが合わないのだが」というようなとき,この辞書を引くと,9割方,ぴったりの意味が載っています。自信をもってその訳(たとえば「つまり」)を訳文に使える訳です。感謝! CD-ROM版もあります(最初はWindows版のみでしたが,Macintosh版も出たようです)。少し高いけど絶対お得。結果的に,翻訳の質が上がり,時間も節約できるのですから。
「洗剤なしで洗える洗濯機」というのが,話題を呼んでいるようですが,うちの洗濯機は3年ぐらい前に買ったばかりなので,少なくともあと数年は買えません。でも,私が好きな「和布」(たぶん「わふ」と読むのだと思います)は,毎日朝晩使うとひと月ぐらいしか持ちませんので今すぐ買うことができます。
和布はいろいろなものに使われているようですが,私の家で毎日使っているのは食器洗い用の和布。これでお皿を洗うと,洗剤を使わなくても,すごい油汚れのもの以外はきれいになってしまいます。つまり「洗剤なしで洗える食器洗い具」なのです。我が家では,大地を守る会で買ってますが,YMCAなどでも売っているようです。昔は,生協のお店(西調布店)で買えたのですが,最近買えなくなってしまいました。
洗剤会社にお勤めの方にとっては死活問題でしょうが,自社の技術をほかの分野に応用してください! 消費者によろこばれますよ。
パソコンを買うとき何を一番重視しますか? 価格? 速度? 軽さ?
私が一番重視するのは,オトです。ほとんど朝から晩まで(時には早朝から深夜まで),パソコンの前に座っているのですから,パソコンは静かでなければなりません。ファンがうなりを立てているようなパソコンはどんなに速くてもどんなに安くても,それだけで落第なのです。
私が自分でコンピュータや周辺機器(ハードディスク,MOディスク,CD-Rドライブ,DVD ドライブ)を買うとき,常に「どれくらいうるさいか」が,最重要のの判定基準でした。買うときには,お店に行って,耳をファンのあたりに持っていって,どのくらいうるさいかチェックします。人々の話し声やほかの機械の音などがあるので,店頭ではさほど騒音は気にならないのですが,家や会社はずっと静かです。注意しないといけません。
7,8年前,SONYのBIG NEWSというポータブルのワークステーションを買ったとき,展示会で見て,これはなかなか静かでいいなと思って買ったのに,使ってみたら,10分ほどで,ファンが突然うなりをあげて回り始めたのには参りました。このワークステーション用に,別の会社から外付けのハードディスクも買ったのですが,このときもひどい目に遭いました。「ファンの静かなのをお願いします」と何度も言ってお願いしたのに,送られてきたハードディスクはとてもうるさいものでした。消費者センターとか,市の相談室だとかに相談してみたのですが「もう,お金を払ってしまったのでしょう? じゃ,裁判なんかしてたら,時間もお金もかかりますよ」と言われて,泣き寝入り。しかたがないので,整理棚に入れて,イーサネットのコードと電源コードだけを外に出し,ほかのパソコンから利用することにしたのです。扉があるので,少しは静かになりましたが。
スティーブ・ジョブズ(アップルのCEO)もファンの音は嫌いらしく,初代のマッキントッシュやiMacなどあえてファンをつけない機種を出しています。そして,一番最近私が買ったのがMacintosh G4 Cubeです。このパソコンにもファンはなく,とっても静か。ノートパソコンよりも静かなのです。
このパソコンのデザインも気に入っています。トースターのようだという意見もありますが,ちょっとしたしゃれたスタンドのよう,というのが私の印象です。
ただし,このG4 Cubeは生産中止になってしまいました。初期の頃に,いろいろな欠陥(勝手に起動してしまったり,留め具のところにヒビのようなラインがあったり)が明らかになり,販売が伸び悩み,アップルの足を引っ張ってしまったため,やむなしということのようです。
残念だなー。きちんと品質管理をしておけば,後世に名を残す製品になったかもしれないのに。
朝から晩までコンピュータの前に坐っているため,肩や首,腰などが慢性的にこったり痛かったり。そんな私にうれしい味方が現れた。近くに温泉がオープンしたのである。近くの駅から無料送迎バスがあり,家から30分少しで温泉に浸かることができるようになった。
最初に行ったのは7月末の日曜日。友人が「いい,絶対いい」と勧めていたのを思い出し,「今日,温泉に行こうか」と家族みんなで繰り出した。10:00発の送迎バスに乗り,20分弱で到着。「烏の行水コース」という1時間以内のコースを選び温泉へ。前に行ったことがある東京の温泉と同様,ここのお湯もコーラのような黒い色をしている。でも,とても気持ちいいのだ。
完全にはまってしまって,1週間に1度は行っている。最近多いのが夜のコース。仕事と食事を終えて,午後7時あるいは8時のバスに乗り,烏の行水コースで1時間,少し送迎バスで待つけれど2時間半ほどで家に戻って,あとはビールでも飲んで「お休みなさい」というコースだ。
銭湯にに比べるとちょっと高めだけど,温泉宿に1回泊まりで行くお金があれば,こちらには10回は行ける。そして,この温泉は体にとてもいいような気がする。お近くの方,おすすめです。ここをクリック!
(追記 2005年9月18日)
この温泉,気持ちいいのですけれど,塩分がかなりきついので,皮膚が弱い方などはご注意を。入られた後,真水で流されることをお勧めします。特に,皮膚が弱い部分をていねいに。
去年半年ほど韓国で暮らしました。韓国の食べ物はほとんど辛くて私の口には合わないものが多くて困ったのですが,なかにはとても好きになったものもあります。中でも,蔘鶏湯(サムゲタン)とスジェビはうちの家族全員が大好きに。スジェビの方は,「韓国式すいとん」などと紹介されているように,家でも比較的簡単に作れるようです。うちでも,「今日はスジェビにしよう」と月に1ペンぐらいは言います。
問題は蔘鶏湯の方です。読んで字のごとく,鶏肉がはいります。健康な若鶏を丸ごと入れるのだそうです。そして,朝鮮人参,干しナツメなども(ちょっと検索してみたら関連サイトが結構みつかりました。世界日報の写真がおいしそうなので,ご覧ください。石ころ農場のサイトにはは作り方も書いてありました)。これらの材料はそう簡単には手に入りません。それに,おいしい蔘鶏湯を作るには結構煮込まなくてはいけません。手間がかかります。
というわけで,できるだけ近所においしい蔘鶏湯のお店はないかと探してみました。2駅以内のところに3軒,蔘鶏湯を出してくれるお店を見つけて行ってみました。しかし,どこの蔘鶏湯も圧力釜で調理してありました。圧力釜で調理すると,骨がポロポロになります。蔘鶏湯の何がおいしいと言って,硬い骨の周りについた,たっぷり煮込んだ柔らかい鶏肉をかじるのがおいしいのです。だから,圧力釜で作ったものは「蔘鶏湯」とは言えないと私は思うのです。
韓国では,思い出せるだけでも5軒の蔘鶏湯屋さんに入りましたが,圧力釜で作った蔘鶏湯なんて,ひとつもありませんでした。しかも,値段は日本の1/4くらい。韓国の私の職場のそばの蔘鶏湯のお店の蔘鶏湯の値段の安いのなんの。たったの5000ウォン(約500円)なのです。日本では,安いところで2000円もするー。おいしければ,許せますが。骨がポロポロ。ひどい。
おいしい蔘鶏湯が食べたい。できれば,すぐに行けるようなところで。
11月の末に韓国を再訪しました。もちろん蔘鶏湯も食べました。今まで行ったことのなかったお店に入ったのですが,ここのもおいしかった。
その日,飛行機で少し食べ過ぎて窮屈なエコノミークラスの座席に座っていたせいか,少しおなかが痛くなってしまっていたのです。「蔘鶏湯食べに行きますか」という誘いに,ちょっと迷ったのですが,ついていくことにしました。食べ始めてしばらくしたら,なんとおなかの痛いのが直ってきてしまったではありませんか。
おいしい食べ物は,腹痛まで治してくれるのですね。たいしたもんだ。
プログラミングの本を書いたとき,例題に計算問題を作った。20問程度の足し算や引き算を自動的に生成して,採点までしてくれるというものだ。ボタンを押すたびに,乱数を使って違う問題が生成されるので,問題に偏りも生じない。小学校低学年の子供用に作ったもので,誰でもわかる例題になりそうだと考えて本で採用することにした。ところが,この計算問題が思わぬところで役に立つことになった。
ある日,実家に帰っていた私は,朝のニュースをなんとなしに見ていた。介護は世の大問題らしく,この日も介護の話題が取り上げられていた。面白いことに,計算問題や漢字書き取りの練習をすると,失禁や身の回りの整理整頓など,多くの被介護者が持つ問題が改善するのだという。ある介護施設で実験したところ,顕著な改善が見られたという。実はそのとき我が家でも義母の介護をしていた。手術後の経過が思わしくなく,義母はおむつをあてていたのだ。
ものは試しだ。すでに計算問題を自動的に作ってくれるページはあるので,ただ印刷するだけ。まずは,5,6枚印刷して,義母にやってみてもらった。驚くなかれ,その日から2,3日して,義母はオムツが不要になってしまったのだ。確かに,リハビリも順調に消化して,いろいろな機能が回復してきていたことは間違いない。しかし,偶然というにはあまりにも偶然過ぎる。回復の度合いも早すぎる。その後も,義母は計算練習を続け,ますます言うことがはっきりしてきた。計算問題の威力,恐るべし。
土曜の午後。家にランドセルをおくと,一キロ弱離れたバス停まで田舎道を歩いていく。小学校の三年か四年だった私は,軽い受け口を直す矯正治療に,毎週バスで歯医者に通っていた。一時間に一本しか来ないので,乗り遅れないよう十分前にはバス停に着く。いつもの車掌さんに軽くあいさつしてバスに乗り,行き先を告げて子供料金二十五円を渡し,切符を切ってもらう。歯医者のある市の中心街へは二十分ほどでつく。
治療を終えてバス停に戻る。次のバスまで時間があるときには,停留所を二つ分,そう子供の足で十五分ほど歩く。そこから乗ると,五円安くなるのだ。二回歩けば自動販売機のジュース一杯分。ほかの医者に通っていた友達から教わった「必殺技」だった。
比較的すぐにバスが来たのだろう,五円の倹約をせずに歯医者の近くのバス停から乗った日のことだった。同じ停留所から,メガネをかけた,いかにも街育ちといった雰囲気の少年が乗った。何となく気になって様子を見ていたのだが,出口付近に立ったまま,あいている椅子にすわろうとしない。
その子は,なんと二つめの停留所,つまり私が倹約のため歩いてくる停留所で降りてしまった。この行動は私の理解を超えていた。いったい全体,何でこんな短い区間をバスに乗るのだ!
五円玉がとてもとても貴重だった,そんな大昔の思い出である。
玄関の戸を開け外に出る。真っ暗闇の中,トイレを目指す。あと少しだ。手探りで裸電球のスイッチをパチッといれ,あたりが明るくなってホッと一息。シャーといい気持ち。
おかしい。何やら暖かいものが股間を走っている。しまった。またやってしまった。
私が小さい頃住んでいた家は,明治時代に建てられた古いもので,トイレが家の外にあった。暗闇に白い雪が舞うような寒い夜でも,ぬくぬくとした布団からやっとの思いで抜け出し,用を足しに行かなければならなかった。時間にすれば十分もかからないのだが,なかなか布団を出る決心がつかず最後の最後まで我慢して,やっとのことで起き出していくのが常だった。
意識があって起き出せればよいのだが,時として夢の中で布団から抜け出して,トイレに駆けつけるときがあった。ホッとしたのもつかの間,下半身に広がる冷たい感触で我に返り,ごそごそ起き出して始末をしなければならなかった。
小学生の時,使いを頼まれ,叔母の家に一人で泊まったことがあった。いつものように夜中に用を足したくなり起き出したのだが,寝ぼけていた私にはトイレの場所がわからない。家の中を,あっちへ行きこっちへ行きしているうちに,とうとう我慢ができなくなり,畳の上を水浸しにしてしまった。
それでも眠かった私は,そのまま再び布団にもぐりこみ,知らん顔をして眠り込んでしまった。半分眠りながら,叔父が起き出してきてあたりを見回していたような記憶が残っている。翌朝,何もなかったように朝飯をいただき,家に戻ったのだが,あの夜のことは実は今でも鮮明に覚えている。
今の私,夢の中でトイレに行くことはあっても,そこで用まで足すことはなくなった。だが,ふと気がつくと足がトイレに向いていることが多い。あの夜の十分間が夢だったら,もっと平和な日々が送れているのかもしれないのだが。
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